とある街のどこかの路地裏にひっそりと佇む一軒の店、夜魔猫亭。
いつ開くのか、何の店なのかも謎。
それでも気まぐれに明かりが灯る時、どこからともなくお客がやってくる。
ここは誰もが本当の自分の姿でいられる場所。

いらっしゃいませ。どうぞごゆるりと。
 

放送はYouTube LIVEにて

怪談トーナメントはお祭りだ!

思うことあれこれ

怪談の勝ち抜きトーナメントやグランプリ決定戦に批判的な人もいますが、
私は怪談をより盛り上げていくための良いイベントだと思っています。

好みは人それぞれですし、何を怖いと思うか、どういう話し方が感情移入できるかも
明確な採点基準とか設けられるものではありませんが、
一つの目標に向けて競う場所があるのは、力量を高めていきたい人の励みになるし、
結果、全体の底上げに繋がるものになりますから。

審査員と一般視聴者との評価に差があるのも当然のことで、
大勢の人の意見を総括する代表者として審査員席に座ってるのではなくて、
突出した独自の視点からの見解を期待されているのですから、
無難な票を入れるのでは意味がないんじゃないでしょうか。
それは、歌の世界、お笑いの世界、映画の世界でも同じ事が言えます。

その上で考えるべきは、誰のためにそういうイベントがあるのかという事。

「一番になった人は凄い!」をやるためではないはずです。

すべては、観る人のため。
楽しんで頂くためのイベント。

だから、見せる側は一丸となって
切磋琢磨追い抜け追い越せ引っこ抜けダービーの必死さを演出しないと。

そうして順位が決まっても、それはショーだから、
負けた人は画面で悔しさアピールで次に繋げるとかも出来たりしますし、
一人勝ちなんてならないと思います。

勝たなきゃ意味ないと思っている人が一番、
難癖つけることでエンタメの面白さを損なう動きをしてる気がしてしまうのです。

「順位つけるのに不正がある」とくすぶっている人たちは、
それぞれに自分の思う不正のない、絶対的に面白い番組なりイベントなりを作ったらいい。
でも多分、それにも「おかしい」とか「つまんね」とか来る。
そうしたらまた、その人達も作ればいい。
自分の思う最高の勝者決定戦を。

動かずに文句だけ言うのは、楽でいい。誰でも出来ます。
それは政治でも何でもそう。

名も無き一般視聴者の100いえ10000以上の意見を
御説ごもっともで取り入れる審査員のいるイベントが面白くなるとは思えません。
結局、理不尽とか不透明性とかブラックボックス的に見えるものは
エンタメショーには不可欠な要素なのではないでしょうか。

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