私が朗読を始めた頃、盲人用の声の書籍化ボランティアをしたことのある友人から、
朗読には感情表現や作り声は不必要で、
淡々と読まないと「読書」の妨げになると意見をいただきました。
そう言われればそうですね。納得はできます。
それで私はそのボランティアは向いてない事を知りました。
子ども向けの読み聞かせにもそのように言われる人もいます。
だとしたら私は読み聞かせにも向いてないのでしょう。
しかしそれなら人間が目の前で読む必要があるのでしょうか?
そんな疑問がわきます。
お手本になるような上手な読み方のCDを与えておけば事足りるような。
私の怪談朗読、童話朗読の原点は、
自分が子どもの頃に親が読んでくれた絵本、
幼稚園で見た紙芝居、人形劇、
そして小学校の放課後に集まっては語り合っていた怖い話です。
話の中に引き込まれ、「それから?それから?」とワクワクする、
語り手と本(話)と聞き手の一体感。
もしかしたらそれは正しくはないのかも知れません。
大間違いで、文学の質を堕とす事なのかも。
でも、変えようとは思わないのです。
愉しみの為に読んでいる語っているのだから。
その愉しみを知り求める人が聞いてくれる限り、より愉しい事を仕掛けて行く。
正しい朗読は、それが得意な方にお任せすればいいのかなと。
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